フリーターは若者の問題ではないと「仕事の中の曖昧な不安」は教えてくれる

今回は「仕事の中の曖昧な不安」という本を読んだ感想を書きたいと思う。そもそもこの本の出版は2001年の頃で興味を持ったのは「不寛容という不安」からだった。

ちなみにこの本が出版された頃は1991年から続く平成不況と就職氷河期の延長線上に位置し、直近ではITバブルの崩壊の後半部に位置する年である。土地や株式が異常に上がったバブルが始まり、それが終わって構造的な改革や労働形態の改善などはしただろうか?そこから始まったITバブルを加え、計二つのバブルから何を学んだのだろうか?という視点で見たらより楽しめると思う。

目の前の熱狂に踊らされ、問題から目を背けた

近年の日本で叫ばれる問題として少子高齢化、生産性・GDPの低下、社会保障費の増大などがあると思う。2000年代に書かれたこの本でもそれに近い問題提起はされていて、それは中高年の雇用状態によって若者の失業やパラサイトシングルが引き起こされるのではないか?という問題だった。

若年雇用の減少は労働供給の変化ではなく、社内の中高年の雇用維持に伴う労働環境の大幅減退によって引き起こされている。若年のパラサイトシングル化は失業率上昇などの若年の雇用環境が変化した原因ではなく結果なのである。

これに関連しているのが社員を解雇するには厳しい制約があったり、そもそも若手社員に仕事を教える暇が無かったりという原因があるように思える。そうなれば"若年雇用をせずに中堅社員以上で会社を回した方が安定的だ"という思考もわかるのだがそれでは生産性も上がらなく新規事業は立ち上がらない。そもそも、生産性が高くないことが原因で若手社員に仕事を教える余力がないのに気づくべきだ。そして、長い目で見た時に困るのは会社自身で"自分の世代では何も変化しなくていいだろう、変化したくないし"といった思考が充満しているのが垣間見える。

まとめると、生産性やGDPが上がらないのは年功序列制度を盲信しすぎた点と従業員の解雇に関して法的に厳しい点に起因している。新しい人間が入ってこないと社内の風潮としては安定志向の人間が多くなり、それこそ生産は上がらない。若い人間が定着しないのは嫌なことがあったらすぐやめるからではなく、やっている仕事自体が生産性が低いからではないか?と思うのだ。

どの時代でも都合のいいスケープゴート:若者

フリーターやパラサイトシングルになっている若者が原因で経済が悪くなっていると言うのは間違っている。なぜなら社会の生産性やGDPが下がっている原因がそれだけでは説明がつかないからだ。

フリーターが増えるのは就業意識が薄いからと強調するけどそれ以前に社会構造的な問題があるんです。つまり、中高年の雇用を維持する代償として若年の就業機会が減っているのは間違いない。まずこの問題を解決するのが先決。若年層だけいじろうとしても効果的とは言えない。

この本でも話題になっているが労働人口が減ることを老年や退職年齢の引き上げで賄うのは悪手だと思っている。本当に生産性が低くて困っているのであればそのカバーは自動化や効率化でまかなうべきだ。高齢化で店をたたむ個人や規模を縮小する会社があったとしてもそれは個人の感情としては悲しいが、社会全体としてやむを得ない。なぜならそのほとんどは後継者を育てることができなかったか、生産性が低いことに寄与しているからだ。

持続可能な商売をするときには若い人が必要で生産性を上げるために効率化・自動化が分かる人間が必要だということに早く気付くべきだったのだ。それをせず“目の前の仕事だけをやっていればお金になる""それ以外のことは考える気力も体力もない"と言ってしまう状況自体が日本人の労働観を示している気がしている。