田中はゆるく生きたい

人生諦めてからが本番なのかもしれない

自己啓発本とか個人の経験本というのはあまり僕は読まないし、それにあまり価値はないと思っている。なぜなら、「●●をやれ!」「○○してるやつは馬鹿」というアホに読ませるための文章やトピックを見るたびに「あ~ビジネスとして、売れるためにやってるんだなぁ・・・」という感想しか思い浮かばないからである。

僕から言わせれば「世界の人口78億人いる中のたった一人の個人の経験をあたかも世界の真理のように読んでいる奴は馬鹿」である。今回は、そんな自分が忌み嫌っている自己啓発本、個人の経験の羅列本の類とは知らず「ぼくは会社員という生き方に絶望はしていない。」を読んでしまったので感想を残す。

自分は普通の人間で、それでも生きていかないといけないという自覚

序盤でボロクソ言ってしまったが、学ぶ点も多い。なぜならこの本は何も知らない人から見ると「普通の人間が幸せに生きる方法」に思えるからだ。何のとりえもないサラリーマン(これは僕が思ってることではなくて作者が思ってそうなこと)が結婚をして、会社で嫌なことがわんさかありつつ、生きていく物語である。アマゾンのレビューとかで「文章がうまい」「ネットの有名人の本」とか書いてあるが僕は少なくともこの著者を知らないので前述のようなことを感じた。

話を戻すと、僕の大嫌いな派手な宣伝をして「スマホだけで月100万稼ぐ方法」とか「あの有名人がやっているルーティン」とかクソどうでもい情報よりは価値があると思えるのである。シンプルに言ってしまうと、自分のような普通の人間がそれなりに暮らせる方法>有名人が派手に成功した方法、というふうに価値を感じている。

絶対的真理があるのだという思い込み

もっと言ってしまうと、僕は最近の社会に恐怖を感じている。何に恐怖を感じているか。それはあたかもこの世界が「生きている全員が理解できる共通の絶対的な価値や真理があるのだ」という視点、思い込み自体に恐怖を感じているのだ。このブログでも繰り返し指摘しているがそれは現代において「金、科学、名声」などに拠りすぎている。

もし、そういった視点でしか世界を説明できないのであれば、それは宗教であり、全体主義である。「あの有名人がこう説明しているから正しい」「お金を稼げるからこの仕事に就くべきだ」という視点、価値観は「神様がこうおっしゃっているからこうするべきだ」「信心を深めるためにこれをするべきだ」という宗教が世界の説明をしていたころと何も変わってないのではないか。そう感じるのである。

そういった意味で「自分が普通の人間なのを自覚し、なおかつ比較不可能な幸せを持つべきである」と主張している。数字や社会的に評価されることは人間の活動を可視化されたり、仕事を効率的にする。しかし、自分が納得感を持ち、幸せに生きられるか、死ぬ間際に生きてて楽しかったな、と思えるかどうかはまた別問題である。