プロタゴラス あるソフィストとの対話を読んで

哲学書の入門としてプロタゴラスを読んでみた

今回読んだ本は哲学の本なのだが内容としては入門に近くソクラテスとプロタゴラスとの対話から真理を追求していくという内容になっている。内容は若くて血気盛んなソクラテスと老獪な賢者のプロタゴラスの対話。

徳<アレテー>とはなんだったのか

このプロタゴラスとソクラテスの舞台は古代ギリシャのアテネの時代。この頃は人間の能力として徳<アレテー>が重視されていた。徳<アレテー>とは素晴らしい人間に備わっている能力で、具体的に言えば体育、楽器の演奏や議論、演説などが含まれていると思われる。

この本の面白いところはソフィスト(進歩的知識人)のプロタゴラスはソクラテスに論破されてしまうがソクラテスの結論によって自分の論も矛盾が生じてしまう。どういうことかというとソクラテスは「徳<アレテー>は知恵のように相手に教えることはできない」という立場から論を進めていった。

プロタゴラスは議論の途中から徳<アレテー>とは要素がありその中の勇気だけは他の要素とは違うと主張する。しかしソクラテスは勇気というものは恐ろしいものを計量する技術だと主張し、それはすなわち知恵なのではないかといいプロタゴラスを論破する。しかし、徳<アレテー>の要素である勇気が知恵なのであれば結局のところ徳<アレテー>とは教えることができるのではないか、ということでソクラテス自身の論が矛盾している。

まとめ

プラトンにとって哲学とは紙の上に書かれた既成の理論や学説のことではなく問題を批判的に考察して心理を探求することだった。物事を考えるといううことは自分自身を相手にする対話なのであり自分自身を批判的な吟味にかける営みだった。

人名が多く出て最初はかなり読むのに苦労するが内容としてはかなり面白いのでおすすめ。ソクラテスの友人ヒポクラテスはその対話を聞いてプロタゴラスに従事したのか?という疑問と同時に、結局これだけ対話を重ねても結論が出ない哲学という巨大な分野に読者の皆さんはどう思うか?とプラトンは問いかけてくるように思う。