砂漠に消えた街

2021年11月7日

この文章は「カクヨム」において投稿した文章を原文でブログに移植したもの。

https://kakuyomu.jp/works/16816700426043007448/episodes/16816700426043203656

一日目

黒。その空間はどこまでも広がっているように思えた。そこに音はなく静かだ。体の感覚は無く、その黒の空間と僕自身が一体化しているように思えた。油断していると意識自体がなくなりそうだった。これはどこまで続いているのだろう。いつまで続くのだろう。そもそもここには時間と空間の概念はあるのだろうか。すると、何かに意識が引っ張られた。目の前から光が近づいてきた。なんだか明るく温かい。次の瞬間、僕は光の中にいた。

僕が最初に思ったのは暑い、だった。そして、人々の声。雑踏。光と空気。それらすべての音が徐々に伝わってきた。どうやら無意識に寝ていたようだ。ここはどこだろう。僕は街の通りの中央に立ち尽くしていた。周りを見渡すと人々はお互いに話し合ったり、時間に追われどこかへ急いでるようだった。しかし、こちらには誰一人として目を向けなかった。

まるで夢の中みたいだった。人に話しかけても反応されることがなく触れることもできない。触れようとしても自分の手と相手の体がすり抜ける。街を一通り歩いて気づいたことがある。それは自分がまるで透明人間のようになってしまったこと、その街や人々がひどく懐かしいと感じたことだった。この街の建物や人の賑わいは過去にどこかで見たことがある。しかし、それがどこの記憶か思い出せないでいた。記憶を探るのだが、まるで太陽が厚い雲によって覆い隠されているように掴めないでいた。

気が付くと僕は意識を失っていた。

二日目

どい夢だった。僕は街の広場に向かっている。すると突然、あたりは厚い雲に覆われ遠くで雷鳴が響いた。遊ぼうと思っていた僕は仕方なく、大急ぎで家に帰った。その日を境に天候はおかしくなった。雨がずっと降り続いたかと思えばひどく乾燥して気温が高くなる日が続いた。大雨、洪水、干ばつ、土砂崩れや嵐。その日を境に自然は掴みどころがなく激しい変化をしていた。夢の中でそのような映像が早送りで再生された。最後の風景ではなぜか砂漠の中心で自分だけが取り残されていた。

目を覚まし、調子が悪いことに気が付いた。吐き気がする。体は何かの異常を察知して全身が張ったような緊張感がある。胃液がせりあがるような気がして体がひくついた。ひどい気分だった。

気分が落ち着いてきて周りを見渡すと、あることに気づく。昨日とは違う街の風景になっていたのだ。街は廃墟になっていた。住居は崩れ落ち、人々の姿はない。真夜中の海のような不気味な静けさと虚しさがそこを占めていた。

ニャーオ。それまで気づかなかったが、足元に猫がいた。こっちを見ている。

“君、ついてきて"

この街で誰かと話すことがなかった僕は驚いた。返事も聞かずにその猫はトコトコと小さい体を揺らし街の奥へ奥へと進んでいく。僕はそれについていくことにした。猫は狭い路地裏を進んでいく。そういえば街の外側はどうなっているのだろう。足元にはなぜか砂が舞っている。最初は気にかけないで歩を進めていたが砂が舞う量はだんだん多くなっていた。心臓の底に大きな鉛が入れられたように体が重く感じ、不安になってきた。吐き気を何とか抑え、猫の後を追った。

街を出るとそこでは太陽がきらめき、なだらかな丘陵が黄色い砂に覆われていた。僕がいた街はその中でぽつんと存在してる。奥はよく見えないがこの砂の海が続いていると思われる。正真正銘、そこは砂漠だった。

猫に案内され小高い丘に着いた。さらさらとぬかるむような砂の地面に足を取られながら登っていく。そこには少女が立っていた。ターバンとスカーフをまとっており、わずかに確認できるのは中性的な顔立ちだけだった。

“パウリナ、見つけてきたよ"

猫が少女に呼びかけると、パウリナと呼ばれた少女は訝しげに僕の顔を見る。

“君・・・どこからきたの?"

僕の顔を見るや否や質問される。

“どこ?さっき来た街なんだけど"

街を指をさして答えたその瞬間、街の建物が徐々に消えて無くなっていくのが見えた。それはまるで積み上げられた氷が上から順番に溶けるようだった。そうして廃墟だった街はついに跡形もなく消えてしまった。なぜかその場所は元々が砂漠であるほうが正しいように思えた。

“あの街は死んでいるんだ。"

セネカと呼ばれた猫は言う。

“え?"

“ここら一帯は砂漠になった。君の記憶の中の街はもうここには存在しない"

セネカが丸い瞳で直視してくる。

“この街には数年前、最後の審判が来たんだよ。君だけが悪いわけじゃない。みんな悪いんだ。あの街は蜃気楼のようなものだし、君はそこに住み着く幽霊みたいなものなんだよ"

セネカが短い毛むくじゃらの手を僕の足に向けた。何だろうかと足を見ると指先から体が徐々に消えかけていた。僕が幽霊?そんな馬鹿な。言ってることがおかしいと思ったが声は出なかった。体がほとんど消えて感覚がなくなってきた。思考に靄がかかってくる。意識が消え入りそうだった。

ほとんどの体が消えさり残すは顔だけとなったとき、パウリナは目を僕に向けると僕の右頬にそっと手を添えた。

“安らかに眠って"

彼女の顔を見ながら僕の視界は電源が切れたテレビのように黒で塗りつぶされた。

その意識はまるで底の見えない海に突き落とされたように沈んでいった。

Paulina

ネカが幽霊の少年を連れてきたのは砂漠調査の途中だった。ここら辺一帯は昔の首都があったところで街の蜃気楼とそこに住んでいた幽霊が一緒になって出くわすと聞いていた。都市伝説レベルの信憑性だったが本当に人間の幽霊を見つけるとは驚いた。もっとも、セネカは幽霊であることを最初から分かっていて連れてきたようだが。

パウリナは偶然見つけた少年が消え去った後、付近に花を植えていた。慣れない手つきで花を植えている少女をセネカは興味深くのぞき込んでいた。

“パウリナ、僕は思うんだけど砂漠に花を植えても意味ないんじゃない?"

“気持ちの表明だよセネカ。それにこの花がこの砂漠を花畑に変えるかもしれないでしょ"

“こんな惨状じゃ一本、二本植えても変わらないと思うけどなぁ"

セネカはそう言いつつ、横になりながらのんびりと後ろ足を毛づくろいした。容赦なく照りつける太陽と砂漠の熱風がこの地域の過酷さを物語っている。

人の弔い方を忘れてしまったな。記憶の中からそれらしい行動を思い出す。これでいいかな、と思いながら少女は植えた花の前で正座をして手を合わせた。

“似合ってるね?"

セネカが首をかしげながら茶化してくる。

“うるさい、昔の作法なんてもう忘れちゃったよ"

自分なりに死者への供養をしたつもりだ。ただ、久しぶりのことで作法が合っているかは分からない。

パウリナは足についた砂を払うと街の跡地に目をやった。かつて世界で最も繁栄を極めた街が今では何も残らず砂で覆われている。気候変動と気温の上昇がかつて豊かだったこの国の生態系をガラリと変えた。いつからか人間の繁栄、思い出、未来すべてが、吹けば飛ぶ砂のように消えてしまった。少年が言っていたように本当にそこに街はあったのだろうか。それとも幽霊の戯言でしかなかったのか。幽霊の少年が消滅した付近ではさっき植えた花が健気に咲いていた。私はこの花のように生きていけるだろうか。パウリナにはわからなかった。