田中はゆるく生きたい

自分に都合のいい主張を信じても自分の人生や社会は良くならない

ひと昔前に、韓国と日本でベストセラーになった「反日種族主義」という本を読んだ。僕の文章や主義主張を知っている人間は分かると思うが、別に僕は日本が正しい国だと思ってないし、韓国が反日をしようが別にどうでもいいと思っている。

この本を読んで僕が思ったことは、この本を読んだ人間の大半の感想とは違うだろう。両国で今までと同じ繰り返された反韓・反日や政治活動に興味がある人はそっち系の記事や感想を見た方が良いと思う。以下はそこから切り離された感想である。

歴史の目撃者・研究者以外がでしゃばりすぎ

何事でもそうだが、歴史というのはそれぞれの国によって都合のいいように解釈される。それが都合のいいように教育に導入され子供たちが育つ。日本でもそうだしアメリカでもそうだろう。自分の国を良く見せたり、他の国が悪いと誘導されるような印象を与える教育が多い。

一番信用できるのは「その時代にどういった取り決めがあったのか、民衆はそれによってどういった雰囲気で受け止めたか」なのだが、それが無いただの歴史には僕自身興味がない。なぜなら僕はその時代に生きていないからだ。僕自身参照できるのは残された歴史や資料だけだ。それだけで正誤を判断するのは難しすぎる。

次に信用できるのが研究者かもしれない。ただ、研究者だって人間なので主観や主義主張がある。自分の思いをのせて研究や論文を書いてしまうのでそういった意味で完ぺきではない。結局予算や研究資金を捻出している団体の良いように使われたり、メディアのおもちゃにされて終わりの研究者もいる。

以上2つの人間に対して、一番信用できないのはネットやテレビで影響を受けた民衆である。これが一番信用できない。僕はそのような単純な人間を信用していない。それが韓国人であろうが日本人であろうがアメリカ人であろうが。自分が見た情報だけを正しいと思い、それ以上学習しない人間はカルト宗教にハマる信者と同じである。

自分の人生すらよくできない人間は社会や国を良くすることはできない

世界の誰であろうと自分の人生をまずよくするべきだろう。まず自分、親、彼女、友達、子供。自分が思う人生や生活に近づくために努力をしたり悩む。それをするのが人生の楽しさであってそれ自体に具体的な正解はない。

それが分からない頭の悪い人は手っ取り早く正解を求める。その結果がメディア・宗教・政治思想だったりするのかもしれない。自分が何を具体的に生産・提供できて、誰の人生を良くすることが出来て、それを広げることが出来るかをよく考えた方が良い。自分の人生すら良くできない人間にもっと大きな政治や経済の話は不可能だ。